僕なんて、生まれてこなければよかったんだ。
命からがら家から飛び出したクリフは、森の川辺にきていた。
父親が激高しているときは、家にいないほうがいい。
ここは、いつもの隠れ場所だ。
水面を見ていると、心が落ち着く。
まるで家での出来事が帳消しされるような、そんな静けさ。
水から顔を上げると、現実にもどされてしまう。
その苦しみが、クリフの心を黒くさせていた。
「・・・っ!」
そうだった、やっと痛みを思い出したクリフは、
川の水に腕を沈めると、痛む傷口に顔をしかめながらもそっと洗った。
何もしないよりはいい。
だけど、またどうせ怪我をしてしまうだろうから。
ほうっとけ、といわれる母の言葉にはもう聞き飽きた。
腕の痛みに気がつくと、次第に全身がだるくなっていく。
家の修理をしていたところ、酔っ払った父親から折檻されたのだった。
あんな家・・・と思うが、自分には戻る場所がない。
まだ食い物があるだけでも、ましなのだから。もう少しの辛抱だ。
クリフは痛みで次第に気が遠くなりそうになったので、
この川に入って体を沈めることにした。
ここの川は、普通の水ではない。
魔女の言い伝えによると、体の痛みをケアしてくれる薬草成分を含む、
エキスが流れていた。
クリフはなんどこの川で傷を癒されてきたことか。
そっとあたりを見渡し、人がいないことを念のため確認する。
この傷だらけの体を誰かに見られるのは、忍びなかった。
ましてや実の親に傷つけられていると知られたら、もっと暴力がひどくなる。
今でも十分に痛かったのだから、これ以上は避けたかった。
そっと水に入ったクリフは、水の冷たさと痛みに耐えながら、肩までつかった。
最初は痛いが、次第に痛みが緩和していく。
目を閉じると、自分を見つめる何かの気配を感じた。
ハッと目を開け当たりを見渡す。
何か気配を感じたような・・・。
クリフは、そのまましばらく水につかり、痛みが感じなくなると、
水から上がることにした。
着替えておえたとき、背後から、バサッと何かが落ちる音がした。
「誰だ・・・!?」
振り向くと、そこには銀色の髪をの小さな少女がいた。
少女は震えながらも、クリフのことをじっとみつめていた。
その大きな蒼ひ瞳で。
クリフは少女だと気付くと、身構えた手を下ろした。
すると少女は、そっと足を踏み出し、クリフに近寄ってきた。
「これを・・・」
少女が差し出したのは、ラベンダーを塗りつぶした薬草軟膏だった。
受け取る前に少女が付け加える。
「お怪我がひどいから、これ塗ればきっとよくなるわ」
クリフはその差し出されたものを受け取ろうか、迷ったが、
そっと受け取ると「ありがとう」と言った。
その言葉に少女は、ぱあを顔を輝かせると、「きっとよくなるはずよ」と笑顔で答えた。
クリフは、その偽りのない言葉と少女の笑顔に、しばしみとれた。
そのとき、遠くで誰を呼ぶ声がきこえてきた。
「わたし、もう行かなきゃ。またね!」
少女はそれだけいうと、森の奥へと消えていった。
クリフはその場に立ち尽くしながら、消えた森の奥を見つめていた。