1.
都会での一人暮らしは寂しい。
窓から見えるネオンは、その気持をより盛り上げてくれるだけにしかならなかった。
窓に映る自分をみないようにしながら、
リサは今週中までに仕上げなくてはならないレポートを書いていた。
このレポートを出したら、しばらく旅行に行こう。
車でこの町を出て、誰も知らないところで、のんびりしたい。
大学3年生になるリサは、学校が始まると毎日のようにレポートと宿題に追われていた。
大学卒業したら、カリフォルニアかマサチューセッツで就職したい。
それまでここの生活は、もうしばらくの辛抱だ。とにかく。
コーヒーを口につけて、リサはレポートにとりかかろうとした。
すると、カーテン越しの窓の向かい側が明るくなった。
ふと顔を上げる。
カーテンをちらっとめくって窓の外を見た。
窓の向かいには、もうひとつマンションがあり、同じ高さで窓がついている。
カーテンをしなければ丸見えだ。
夜は電気を薄暗くして過ごすことが多いから、気にはならなかった。
向かいに引越ししてきた人がいるとなると、こっちの様子もきっと気になるに違いない。
前の住人が引っ越してから随分時間がたつ。
聴くところによると、向かいのアパートはここの家賃より高いんだそうだ。
アパートひとつ隔てるだけでこんなに違うなんて。
アパートに一人暮らしできるようになったのも、今の学校の成績のおかげで、親から一部仕送りしてもらっている。
引越ししたたての頃は、騒がしいけれど、そのうち落ち着くだろう。
こんな夜に引越しというのもあまりないとは思うが。
レポートを仕上げてしまおう。
リサはカーテンをそっと閉めなおした。
2.
朝いつもどおり目がさめて、カーテンをあける。
向かいのアパートの窓が開いていることに気付いて、はっとした。
そうだった。昨夜引越してきていたんだ。
窓を開けたが、閉めた。
きっと向こうも気にするだろう。
同じ高さの窓が向かいにあるのは、なんともやりにくいはずだから。
前の住人は、朝から窓全開にして、こちらのことはおかまいなしだったが・・・。
朝から聞こえてくる声としては、あまりよいものではなかったが、窓を閉めておけば問題ないはず。
リサは窓を閉め、レースのカーテンだけをしめておくと、朝食にとりかかった。
向かいの新住人は、まだ姿を現さない。
ライトは消してあるから、きっと誰かが消したはず。
昨夜はついていたのだから。
朝食のパンをかじりコーヒーを飲むと、カバンをつかみ学校に向かった。
帰宅。
いつもどおり、夕食を食べた後、レポートにとりかかる。
真向かいのお隣さんは、電気が消えたままだ。
きっと出かけているのだろう。
それよりも、とリサは学校で出された宿題を広げて、頭を抱えた。
これは時間がかかりそうな宿題だわ。
さっさととりかからないと。
リサは宿題とレポートに取り掛かった。
3.
それから7日後のことだった。
隣の変化に気付いたのは。
夜、帰宅したときのこと。
この日は、バイトが忙しく、ぐったりしていた。
このまま眠りたい・・・
新しいレポートが入り、それを早々に終わらせたかった。
―とりあえず、シャワーでも浴びよう。
そう思ったとき。
真向かいのアパートの窓に電気がついていた。
リサは横目でそれをさりげなく確認する。
分厚いカーテンではなく、レースのカーテンだけの窓からは、
隣の光とシルエットがしっかりと見えた。
幸いなのは、こちらは電気をつけていないので真っ暗だ。
ということだった。
だから向こうからは見えないはず。
とは思っていたものの、少し不安になる。
そんな不安をよそに、向いの部屋は電気がついた。
窓には、ひとつのシルエットが浮かびあがった。
―男か女か。
シルエットだけではわかりにくい。
そのとき、影がもう一つに増えた。
窓にはカーテン越しでふたりの人間の影が見えた。
ふたつの影は、仲良さそうに窓辺で話をしている様子だ。
夫婦なのかそれとも恋人同士なのか。
影を見た感じでは仲が良さそうだった。
ふたりの影が重なったかと思いきや。
と、その時。その様子に違和感が。
ひとりの影が、窓から消えた。
そう、倒れるかのように。
なにかみてはいけないものを見たような気がする。
ぼんやりとしていると、携帯電話の音でハッとした。
音の合図で、逃げるようにリサは部屋を出た 。
4.
翌朝。
隣の部屋が見える窓にいくと、向かいの部屋は窓とカーテンが締め切ったままだった。
リサは、不安になった。
昨日のことはなんだったんだろうか。
たまたま、しゃがんだだけかもしれないし。
でも・・・。と時計をみると、慌てて部屋を飛び出した。
帰宅後からさらに1週間たっても、向かいの窓から人が写ることはなかった。
やはり見間違えだったような気がする。
そもそも、疲れていた時に見たから、あまり確信を持てなかった。
あのままもし警察沙汰になっていたら、連絡するつもりではあったが・・・。
特になにもなかったので、リサはいつもどおり過ごしていた。
ところがあのシルエットを見てから2週間後。
再び、窓辺に人影が写る。
その人影をみたとき、リサは違和感がよぎった。
今までとちょっと違うような気がする。
なぜだかわからないが、影になにかしら変化を感じるのだ。
こう、自分をみているような、見ていないような・・・。
影はこちらに顔を向けているのか、それとも背中なのか。
リサの方からはわからない。
でもこちらをチリチリとみているような、そんな気がしてならない。
リサは教科書をたたむと、別の部屋に移動した。
5.
リサにはひとつだけ気になっていたことがある。
それは、いつから向かいの人が住んでいるか。
ということだった。
気づいたのは部屋に電気がついたとき。
そのときに人影は見えなかったけれども、電気のオンオフがあったのだ。
それからなにもなくて、ここ1週間くらいで、人の出入りがるような気がする。
向かいの事情はわからない。同じアパートではないから。
人が住んでいるような、住んでいないような。
それがとても不思議に感じる。
―ここに住むのも残り数週間。平和に過ごしていきたい。
その後、残り数週間の間、リサはなにも変わりなく過ごした。
太陽が昇り、日が沈む。
それにあわせてリサは、学校の宿題を終え、そして次のレポートに進んだ。
―あと少しで学校も終了する。そうすれば・・・。
リサはひたすら目の前のことに集中した。
6.
太陽が昇る頃、リサはついにすべてのレポートと宿題を終えた。
―これでやっと大学3年の夏を迎えられる。
リサは満足した。
最後のレポートを机に置き、深呼吸をする。
―長かった。これでもう思い残すことはない。
目を閉じてその喜びをかみしめる。
キッチンにあるコーヒーマシーンが、こぽこぽとコーヒーをいれはじめる。
こおばしい香りがキッチンから、リサのいるところまで流れてきた。
目をあけると、向かいの窓が真正面になる。
レースのカーテン越しには、向かいの家の窓が空いているのをみた。
向かいの人は、やっぱり住んでいたのか。
リサは、安堵した。
そしてそっと窓に近寄り、窓を開ける。
窓を開けた時、グラグラと地面が揺れる感じがした。
―地震?
その揺れは大きくそして、リサの体ごと激しくゆらす。
―な、なにが起きているの?
当惑した顔をしながら、倒れないように必死に窓枠に手をつける。
揺れは続く。
すると真向かいの窓から、人が現れた。
その人は、ただリサを見ていた。
まるで何事もなかったように、たっていた。
リサは、自分が必死で揺れから逃れようとしているのに、目の前の人はなにも動じずに立っていることに、不思議に思うと同時に、次第に苛立ちはじめた。
―なぜあの人は平気なのだろう?こんなに激しく地震が起きているのに。
窓辺にたちながら、リサは必死で揺れから身を守ろうとした。
しかし揺れは一向に収まらない。
アパートが倒壊してしまうのではないか。と思うくらいに激しく。
そして、最後の大きな揺れがやってきたとき、向かいの人は言った。
「もういいだろう?」
その瞬間、リサは思い出した。
目の前が白く光り、包み込まれると、体がふわりと宙に浮かぶ。
そしてそのまま空に吸い込まれるように、上へ上がっていった。
~エピローグ~
眠らない街・トウキョウ。
人が行き交うその街は、眠りを知らない。
太陽を背にし、トウキョウの空を2羽の鳥がどこからともなく、飛んできた。
近くの屋根に降りると、鳥たちは睨みあうように向かい合った。
「あれでよかったの?」
赤い鳥が、言った。
「あのまま気付かなかったら、どうしようかと思ったんだが」
真っ黒い羽に金色の羽が混じった鳥が言う。
「もう少し早く解決できたんじゃない?」
ぶーっとふくれたような表情をする赤い鳥。
「私たちが、手出しをするほどでもなかった。」
「ま、やり残したこともやれたみたいだし。あれで、一件落着でしょ」
青い鳥と黒い鳥の姿はきえ、かわりに黒い服を来た黒髪の長身の男性と、赤い髪の女性が姿を現した。
「これで、あの家の住人も幽霊騒動からは落ち着くんじゃないかしら」
「そうだな」
ふたりはオレンジ色と水色に染まった空を見上げながら、呟いた。
あ!と赤い髪の女性がいう。
「ところでさ、報酬はどうなったの?あの幽霊退治したんだし。」
「報酬はそのうち届くさ」
えー?!と抗議の声をあげる赤い髪の女性。
まあいいけど。届いたら早くお礼頂戴よ、と呟いた。
~完~