2.
サンアリアンヌ城では、朝から大騒ぎだった。
この城に住む姫が、15歳を迎えるからである。
朝から彼女の誕生日お祝いに、同盟国からさまざまな贈り物、賛辞が届いていた。
肝心の姫様は、というと・・・。
「姫さま、姫さまー!!」
大きな声が城中にこだまする。
「朝から何を騒いでいるのかの、クリフは。」
食事中の王は、声にふと片方の眉をあげ、ふうとため息ついた。
「元気がいいことでよろしいではありませんか。」
ほほほ、とゆっくりと扇子で口元覆いながら答える王妃。
「姫も15になるか。時がたつのは早いものだ」
「そろそろ嫁ぎ先も考えなくてはならない」
扇子についた白い羽がふわりと空気をなでる。
「まあ、そんなに急ぐこともないのではありませんか。」
王妃は、いい色合いのついた小麦パンを口にいれる。
入れたてのモーニングティを口にふくめた。
「相手は選べるうちがよい」
「あの子なら、きっとステキな殿方と出会えますわ」
王妃はそうつぶやくと手を上げると、すばやく侍女たちが側にやってきて、皿をさげた。
「そうだといいがの」
窓の外は、太陽の光がゆっくりと差込はじめた。
なにやらどこかでわたしを呼ぶ声がする。
まだもう少し寝かせてよ・・・ここが一番落ち着くのだから。
ごろりと向きをかえると、朝露が顔にふれた。
どどどど、という音が似合う。
声の主は次第に近づいてきていた。
それでもわたしは声に気付かないふりをしていた。
「姫様、ああここにいましたか!」
ドカドカと音をたてて、わたしの足元で立ち止まる。
ほんと、どこにいるかすぐにわかってしまうわ、この人には。
「寝たふりしてもだめですよ。今日は何の日かご存知でしょう?」
そろそろ、いつもあの説教がはじまるわ。もう少し様子を見ようかしら。
「さあさあ、ご両親も探しておいでですよ。起きてくださいよ、姫様!」
・・・。薄め目でちらりと目みると、わたしを見下ろすのは、眉をつりあげた超真面目神官だった。
ふふふ、この怒った顔が好みなのよね。
「ようやくお目覚めですね、アリスお嬢様」
薄め目を開けていたつもりが、がっつり目を開けてしまっていたらしい。
いまさら目を閉じるのは、無理な様子。
もう少し、クリフの怒った顔を眺めていたかったのに。
はいはい、というようにアリスは、ゆっくりと体を起こすと、さりげなく差し出させれた手に自分の手をのせて、起き上がった。
「アリスさま、朝からどこにいったかと思いましたよー。冷汗ものです」
二人で城に戻る途中、クリフはぶつくさといい続けていた。
朝からの小言は、クリフの得意なことだし。
右から左に聞き流しながら、アリスは別のことを考えていた。
今日で15歳になるアリスは、憂鬱だった。
なぜなら、王である父親からは見合いの話が持ち出されており、母からは嫁ぎ先の迷惑のかからないよう立派なレディとしての教育プログラムを組み込まれていた。
今までは侍女ひとりだったが、今後は侍女が数名、出かける場所にはすでに着いてくることになった。これからは、大好きな森の中の探索や町におしのびで出かけるのは、今後監視の目が厳しくなりそうである。
さらに気になることは、隣にいる長身な神官―クリフと過ごす時間が減っていくことだった。
これについては、「クリフは今後正式な城専属の神官になるため、修行と鍛錬が必要になります。今後は気軽に姫様に触れることもないでしょう」と長老神官に言われてしまい、がっかりしていた。
クリフと過ごす日も少なくなる。
クリフとアリスは、子供のころから一緒に過ごしてきた中であり、友人でありそして親友だった。
ただ望めないのは、友達以上の関係である。
身分差、という言葉がずっしり肩におりてきたのは、つい先日。
「15になるのだから」という前置きから、クリフとは一定の距離を保つようにといわれている。
そのためか、アリスの15歳になってからの王族教育プログラムを見て愕然とした。
これからがつまらなくなるわ。
はあ、とため息をつくと、隣にいたクリフが立ち止まった。
「・・・っ急にとまらないでよ」
「姫様、困ったことがあったらいつでも言ってくださいね。私はいつでもアリス様の味方です」
真面目な顔をしてクリフが言うので、アリスは思わず「うん」と答えてしまった。
「さあ、もうお城ですよ。―私はここまで。」
そういうとクリフはアリスの肩をポンとたたき、「姫様、また後ほど」と言うと歩きだした。
背を向けて歩いていくクリフの姿をみて、「クリフ!」と呼び止めた。
クリフが振り向く。
「・・・迎えにきてくれて、ありがとう」
クリフはアリスの言葉ににこりと微笑むと、帽子を軽くとり一礼して、歩いていった。
太陽の光がキラキラとクリフを照らしていた。