窓際からささやく声は
もうすぐ眠りに入ろうとした、うつろな記憶の中で、突然声が聞こえた。
―誰だろう、こんな夜中に話しているのは。
リサはうとうとしながら、ベッドの上に横になっていた。
もうすぐ眠りにつく・・・といったときに、声が耳に入り、気になってしまった。
ゆっくりと体を起こす。
部屋は薄暗く、窓から生暖かい風が入ってくる。
エアコンの修理に時間がかかるので、しばらく窓を開けて寝るしかなかった。
そっと起き上がり、裸足で歩く。
白いレースのカーテンは、窓から入る風でたなびく。
リサがカーテンをめくろうとしたとき、思わず手をとめた。
向かいの部屋に明かりがついていた。
―今まで明かりがつくことなんてなかったのに。
リサはそっとカーテンをめくり、向かいの部屋を見た。
窓が少し開いていた。そしてカーテン越しにオレンジ色のライトがあたり、そのライトに照らされるように、人のシルエットが浮かび上がっていた
人がふたりいた。
窓からかすかに声が聞こえてきたのは、向かいの人の声なのかもしれない。
ほっとしてベッドに戻ろうとしたとき。くぐもった声が聞こえてきて、思わず振り返った。
―いまのは、何?
窓に戻り、そっとカーテン越しから向かいの窓をみてみる。
ふたりの人のシルエットは、抱き合いながらじゃれあっているように見えた。
―恋人同士で、仲睦まじいこと。
つい昨日、別れたばかりのリサにとっては、仲の良い恋人同士の様子を見るのは、耐えがたいものだった。
そっとしておいてほしいのに。こんな時に限って、ラブラブなのをみるなんて。
鼻でふんとわらうと、またベッドに戻ろうとしたが・・・
ふたりの人間が向かい合っていたシルエットが、窓辺に向かって動きだした。
リサははっとして、身をよじる。
そっとまた顔をのぞかせてみると、風でちょうどカーテンがめくりあがる。
それを見たとき思わず声を出しそうになり、声をくぐもらせた。
窓を開けっぱなしで、行為に及んでいた。しかもこの真夜中に。
声もだいぶ漏れている。窓を閉めよう。
窓を閉めようとしたとき、カーテンが風でめくれる。
思わずリサは目を見張った。
自分の好みの男性が、こんな間近に住んでいたとは。
整った顔に黒髪の男性。額には汗がうっすらと浮いていて、額にかかった髪がしっとりと濡れている。
首筋は太く、そして肩から腕が筋肉で盛り上がっていた。胸板は厚いのだろうか。
肌は浅黒く、遠目から見ても汗がしっとりとしているのがわかる。
部屋のライトの光でより肌は艶やに見えた。
男性の一文字に結んでいる唇から、ちろりと舌を見たとき、リサの体の奥で、熱く揺さぶられた。
これからリサは目を離すことができなかった。
男性の手が、相手の女性の体を撫でている。
ときにはゆっくりと、ときには荒々しく。
女性の肌は陶器のように白い。汗でぬれた肌が、より艶かしい。
そして髪は男性と同じ黒色だった。黒髪が窓から零れ落ち、長い髪が、ゆっくりと揺れていた。
窓からは、シャワー上がりのような石鹸の香りが、風とともに入ってくる。
女性の声が、最初は吐息程度だったのが、だんだんとかすれていく。
二人はゆっくりとリズミカルに腰を動かしていく。
次第に早くなりそして女性がのけぞりながら、うめき声が放たれた。
リサは思わず自分の手で口元を抑えた。
こらえきれずため息が、抑えた指の隙間から漏れた。
やっと今夜はゆっくり眠れるかもしれない。(了)