に気づいたのは、ラベンダーの花を摘んだときだった。

そのときのことを思い出すたびに、エリザベスは思わず赤面してしまう。

実際に、ラベンダーの花をかいで、うっとりしていた表情をじっくりみられていたのだから。

なぜ彼のことに今まで気づかなかったのだろう。

それが不思議だった。

けれども、エリザベスを見つめる瞳の色に釘付けになった。

青い色瞳。

それは見つめるだけで、

まるで深い湖の底に落ちていくような、深さを感じる。

そしていつも見つめるたびに、

その色が薄い青だったり、濃い青だったりと、

さまざまな色の違いを見つけてしまうのだ。

エリザベスはいつも思う。

 

目の前の彼が、その白い手をエリザベスの手を握り、

「さあ、おいで」とささやいてくるような。

 目を薄めると青い瞳がやがて炎のように揺らめき、

どこからともなく甘い香りが、エリザベスの鼻をくすぐりはじめる。

 鼻をくすぐる甘い香りは、エリザベスの体をしめつけていくような、

じめっとした感覚が訪れる。

 それを感じるたびに、エリザベスは、ぞくりとしてしまうのだった。 

恋に落ちる、というのはこういうことか。

ラベンダーの香りに包まれたその女性を、目を離せないでいた。

ダンテの青い瞳が透き通るようになるとき、それを運命という―

兄が言っていたことを、ダンテは思い出した。

人間に惹かれてしまうのは、やはり父と同じなのだろうか。

ダンテの父親は、一族の掟を破ってまで、母を愛していた。

愛していたがゆえに、父は一族から追い出されてしまったが。

人間でない父を母は最期まで愛していた。その命が尽きるまで。

追われた身の自分が、こうしてまた故郷に戻ってくるとは。

そして、その途中でこんな美しい娘に会うとは、誰が想像できただろうか。

ダンテはラベンダーの女性を、じっと見据えずにはいられなかった。

全身の血がかっと体中に巡る。

それはめまぐるしくダンテの体に情熱をともし、その熱情はダンテの下腹部を刺激した。

― この娘がほしい。

それはダンテの心からの思いというより、肉体的な欲望に近かった。

いや、近かったという言葉以上の熱量をダンテの体は、欲した。

それはどこまでも貪欲に限りなく。

「人間の娘に恋をするときは、覚悟しろよ」

兄の言葉が思い出される。

そういった兄は、一族の村に戻ることなく、人間界のどこかに姿をくらましてしまった。

「せめてお前だけは、故郷に戻れ」

そういった兄の言葉をいくども思い出しては、人間の娘に手を出さずにきた。

しかし今回は・・・・兄の言葉に従えるのか、ダンテは正直自信はなかった。

なぜなら、至近距離にいないのに、娘からただよう芳香が風にのって、ダンテを刺激するからだ。

―くそ、これは悪魔のささやきだ。俺はあがらえるのだろうか。

せめて手を出すなら、一族のオンナにしておけ。

そういってくれた父の友人の言葉を思い出す。

ダンテはふっと鼻で笑った。何をするにも、俺は誰かの言葉を思い出している。

長く生きるとろくなことがない、と父がぼやいていたのもわからないでもない。

彼女を我が欲のままに手に入れるか。

それとも父や兄の償いのために、己の血を黙らせ、もう目の前にある故郷に潔くいくか。

ダンテはどちらが正解かわからずにいた。

 

***

 

思わず見とれてしまう。それが自分の思いとはうらはらに。

エリザベスは、運命というのはこういうものだと知るのに、そう時間はかからなかった。

美しい男性。

見とれるだけではない。胸の奥がうずくような、湧き上がる熱情を感じずにはいられなかった。

エリザベスのルームメイトがときどき、エリザベスに好きな男性の話をしてくれることがある。

どんなに素敵な人かというのを、細かく丁寧に聞かせてくれるのだが、正直エリザベスにはわかっていなかった。

もしかしたら、きっとこういう感じなのかもしれない。

エリザベスは、ルームメイトの気持が少しだけわかるような気がした。

もし今二人の間で砂時計があったとしたら、砂時計は砂がゆっくりと落ちる時を刻んでいたであろう。

それくらい、エリザベスにとって、見ている男性は時間を忘れさせてくれるような存在だった。

摘んでいたラベンダーの花のかごを地面に置くと、自然とエリザベスは立ち上がり、青い瞳に向き合った。

エリザベスの動きを見て、青い瞳の男性―ダンテは、微笑みを顔に浮かべる。

その笑顔は、まるで男性の美しい彫刻がやさしく微笑み返したような感覚になり、エリザベスの胸がかっと熱くなった。

胸の熱情は体全体を撫で回し下腹部に熱い衝撃を受けた。エリザベスは未知なる体験をした。

それに戸惑いながらも、エリザベスの体は順調に未知なる体験を導き続ける。

不思議な魅力をたたえる男性を見つめるかぎり、甘美な誘惑はエリザベスの胸を渇望させ続けた。

―この男性から目をはなすことができない。

あの青い瞳から感じる熱いまなざしが、エリザベスの心と肉体を包み込む。

エリザベスは、終わりが見えない魅了を感じていた。

 

****

ダンテは人間の娘へゆっくりと歩みを進めていた。

時は、ダンテによってふたりの時間になった。

砂時計がその砂を落とすことを忘れるくらいに。

ふたりの熱情は、時をこえて、今二人だけのために時間を止めてくれていた。