就職先を間違えた

 

「お疲れさまでしたー」

今日限りでバイトをやめた。

俺はバイト先を出ると、思わず笑顔になった。

これからは誰かのため、社会のためになるような仕事をしていきたい。

そのためにやめたのだ。

 

財布の中をのぞいてみる。数千円。

よしこれから数日間しのげる。

その間、ゆっくり・・・ではないけれど、次のバイト先を探そう。

そう思って最初の1日目はゆっくり過ごし、夜中まで起きて寝た。

そして次の日もその次の日も、ゆっくり起きて、ぼうっとしてそして寝た。

そんな日が続き、気付いたらバイトをやめてから1週間たとうとしていた。

 

お金を引き出しに外に出た。

銀行によるつもりだったが、通帳を忘れたことに気付き、コンビニに行くことにした。

銀行のほうが引き出し手数料かからないのに。

そんな母の声が、頭の中で聞こえてきたが、無視した。

コンビニに行き、お金を引き出し残額を確かめる。

思わずため息ついた。―貯金も残りすくない。

そろそろバイト先を決めて働かないと。

 

一応4年制大学にいき、そこそこの成績で単位はとれて、そのまま就職すれば安泰。

信じてのんびりやってきた、4年目のとき。

世界情勢がかわり、一気に就職難がやってきた。

「大学卒業すれば就職できる」という神話は、このときもろくも崩れ去った。

もちろん自分にも。それでも、在学中なら仕事が見つかるだろう。

そう鷹をくくっていたが、世の中はそんなに甘くはなかった。

 

結局、就職先が見つからないまま卒業。

しばらくはバイトで食いつなぎつつ貯金をし、それから仕事を探していこうと決めた。

けれどもなかなか、自分の思い通りにいくことはない。現実って甘くはねえな。

 

それにしても仕事ないな。

俺はタウン情報誌や店の前に張ってある求人募集を見てまわった。

人手不足なのか、飲食店の仕事ならすぐにみつかる。おれがやりたいのはこれじゃない。

もっと人のためになるような大きな仕事だ。

 

「それにしても仕事ないな。」

「仕事紹介できますよ」

背後から声が聞こえ、ぎょっとした。

どうやら、思わずつぶやいてしまっていたらしい。

そして俺はどうやら考えごとしながら、見知らぬ門の前に立っていた。

 

振り向くと、おじいさんがひとり背を丸めてたっていた。

やべっ。この人の家だったか?!思わず門からたじろく。

そんな俺の様子をなんとも思わないのか、おじいさんはゆったりと門の中に入っていった。

一度立ち止まって俺の顔をみると「現実を知ってみたいかい?」と言うと、歩きすすめた。

とりあえずついていくことにした。

なんとなくだが、この人についていってもよさそうな気がしたからだ。

とにかくなんとなく、だ。

 

門をくぐると、一瞬地面がぐらりと揺れたような気がした。

気のせいか。きょろきょろを見回しても何もかわりはない。

まあ、いいか。俺はじいさんがドアをあけたので、あわててついていった。

 

ドアの中に入ると、そこは玄関。

・・・・のはずが、目の前に広がっていたのは、薄暗く、

そして大きな鏡が目の前にある、なんとも怪しい部屋だった。

俺は思わず呆然と立ち止まってしまう。

じいさんはつかつかと鏡のほうへ歩いていくと、「連れてまいりました」と誰かに声をかけていた。

 

「そこの者、こちらへ」

声が部屋中に響きわたり、ハッとすると、目の前に誰かが手招きしている。

俺は自分に指をさして、「俺?」と声をかけたが、何も返事がない。

「そこの者、こちらへ」

また声がした。まわりをきょろきょろしても誰もいない。うん、たぶん俺のことだろう。

俺は声がするほうに、そっと歩いていった。

 

大きな鏡の前に立つと、鏡の後ろからスッと、長身の人が現れた。

黒い布で覆われたその姿は、まるで漫画に出てくる悪魔のようだ。

顔をみたくてのぞこもうとしたが、顔のあたりが暗闇すぎて何もみえない。

俺は何も言わずたっていると、鏡の裏からじいさんがでてきて、大きな釜のようなものを、引きずるようにだしてきた。

その釜をフードの人の前におくと、じいさんは鏡の裏に戻っていってしまった。

 

長身の人は何もいわずたっている。

俺をみているのか。それとも釜をみているのか。視線の先がわからない。

何か言ったほうがいいのだろうか。それともこのまま黙っているべきか。

 

そのとき、釜の中がボコっと音がした。

何かが中にいるらしい。その中はなんだか見えない。

見たいと思うけれども、どこかで見ないほうがいい。と思った。

 

「仕事を探しているとか」

ようやく発せられた声は、女性のような男性のような、不思議なトーンをしていた。

直感だが、俺は女性だと思った。

ははーん。では、魔女の真似事でもしているのか。

なんとなく相手のやりたいことがわかったような気がしてきた。

じいさんが見せたい「現実」ってやつは、こういうコスプレのことをいっているのだろうか。

コスプレすれば、気分も変わるんだろうか。だったらおめでたい話だ。

だったら俺だってコスプレすれば、多少はマシな仕事にでもつけるのだろうか。

 

釜が再びぼこぼこと音をたてる。長身の人は、彼女は、その音を聞いていた。

「仕事は誰かの役にたてることか。・・・それならひとついい仕事を紹介してもよいぞ」

俺の心を読んだのか?

「どんな仕事ですか」

「仕事内容は、防衛する仕事だ。敵襲や自然災害などから守るのだ。なかなかやりがいがあるぞ」

 ぱっと思いついたのは自衛隊だった。

ふっ、まさかな。

こんなところでお国の仕事を募集するなんてありえない。

「ただし、一度任務についたらしばらくは、戻ってこれない」

「しばらく、とはどれくらいですか」

「・・・ひとつの季節が終わるまでだな」

なるほど。春夏秋冬というわけだ。だったら約3ヶ月くらい任務について、という感じか。

なんとかできそうだ。俺はやる気がでてきた。

「そのシゴトはいつからできるのですか」

「いますぐにでも紹介できる。人がたりなくて手薄だからな」

よし。今すぐ紹介してもらいたいくらいだ。はいと返事しようとしたとき、じいさんがぼそぼそを彼女に何かを話した。軽くうなづいた様子をみせた。

「おお、そうだった。報酬は、基本給○十万円だ。任務に成功すれば、歩合制にプラスし、成功報酬とボーナスつき。基本給は毎月、ボーナスと成功報酬は任務完了時だ」

なかなかいい話である。

「それから緊急任務も発生するから、その場合は都度成功時に報酬がはいる」

なるほど。緊急時の任務もあるというわけだ。なかなかハードな仕事のようである。

「報酬をもらえることがわかりましたので、納得です。その仕事、やってみたいです」

俺ははっきりと言った。

 

そのときじいさんが現れ、彼女に何かを言った。

うんうん、とうなづく彼女。そして俺に向かった。

「もう一度確認できく。この任務につく覚悟はできているか?」

はじめてまっすぐ俺にむけて彼女は顔を向けた。

「・・・はい」

俺が答えたとき、釜から水がふっと湧き上がった。

そして、俺の周りに水が廻りはじめる。

「な、なんだこれ!?」

すると彼女はいつの間にか、杖のようなものを持って、釜にぶつぶつを何かを唱えていた。

彼女の呪文に反応するかのように、釜から水の玉が沸き立つ。俺は身動きできずに、ただ見守っていた。これで本当に仕事もらえるのか・・・?そうこうしているうちに、唱えている呪文は熱をおびてきた。なんだかとてつもなく嫌な予感がする。そして、彼女は俺にめがけて杖をかざした。

「この者を、防衛任務に使命する。いざ、****へ!」

その瞬間、俺は体がふっと軽くなり、そしてなぜか意識を失った。

 

気付いたとき、俺はドラゴンになっていた。