【超ショートショート】扉を開けて

 

本が1冊、ここにある。
薄い膜のように、古い雨のにおいがたちこもる。
太陽の光にあたっても艶すらない。

わたしにはわかっていた。
これに触れたら最後だということを。

―何を躊躇している?
そう頭の中で響くのは彼の声だ。

―会いに来たければ、本に触れるがよい
この声はなんて甘いのだろう。

私の理性は抵抗していた。
けれど、私の感情は求めていた。
本を、彼を、あの世界を。

こんな本、さっさと忘れてしまえばいいのに。
もうひとりの私がそう叫ぶ。

忘れられたらどんなによいのだろう。

だけど、彼にあったことを忘れるなんて。

これから年をとり、死ぬまで。

そんなことはできるのだろうか。

本を目の前にすると、
頭の中で数億個とある鍵が表れ、
やがて1本の鍵が、瞬いて舞い降りる。

頭の中の鍵が空から降るように。
鍵が具現化して、現れる。

鍵をイメージができるのは、
本と出会った者だけだという。

そう、特別な力が瞬間的に備わり、
本の世界へといざなうのだ。

今私がいる世界に戻れるかどうか。
その保障はない。

だけど、一生に一度の人生。
・・・・ちょっとは楽しんでみてもいいのかもしれない。

わたしの指先が、恐る恐る革表紙に近づいていった。
(完)

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解説

「本を触ったら異世界に行く」という超ド定番な小説を書きたくて。
その序文だけを書いてみました。
まだまだ書き出しで、しかも!ヒロインとヒーローも概要しかできていなくて。
ああ、これからどうなるの?!という感じです。
まずはとにかく二人を動かしたいと思います。
そんな手始めの書き出しです。