「雨鏡」
鏡には魔力があるという。
それを聞いたとき、試してみたいと思った。
時刻は深夜12時をすぎたころ。
深夜に鏡を覗き込むと、何かがみえるという。
それは未来なのか、それとも別世界なのか。
それを見たものは、いずれも気が狂うという。
本当なのか。
ぜひとも試してみたかった。
ためしたのは、屋敷の屋根裏部屋にある一枚の鏡。
たまたま見つけた鏡だった。
使用人に聞いても、誰のものかわからない。
古くて、ところどころに汚れがついていて。
汚れのためそして曇っている鏡。
手でそっと汚れをなでてみると、うっすらと鏡の輝きが取り戻せたかのように思えた。
その屋根裏にある鏡を部屋にこっそりもってきておいた。
そう、日中両親が出かけているすきに。
いま目の前にその鏡がある。
鏡は等身大までとはいわないが、顔から上半身は映すことができる、丸い形。
汚れは昼間のうちに、使用人に言って磨かせておいた。
あとは覗き込むだけ。
正直、自分ひとりで覗き込むのは怖かった。
だから、代わりに別のものを用意した。
―人形だ。
人形なら何かがおきても問題ない。
たとえ、鏡の世界にいってしまったとしても、ものが無くなるだけで。
誰かが死ぬのか、消えるとか。そういうことはないはず。
―本当は、誰か人にやってもらいたかたけど。
まずは、人形で試してみよう。
廊下にある柱時計が、12時の知らせの鐘がなるのを確かめると、窓のカーテンをあけた。
今日は満月。そして雨。
満月で雨が降っていないと、魔力は宿らないという。
やっとこの条件が整ったのだ。
見逃さないわけがなかった。
金髪で青い目をした人形を鏡の前に置く。
ただそれだけ。
あとは、じっと何かがおきるのを辛抱強くまってみる。
鏡には、人形と窓、そして満月に雨が映っている。
自分がうつらないようにしつつ、鏡の中が見える場所で待機した。
ろうそくに火をつけて、日記をかきはじめた。
夜とはいえ満月だから、窓の外から光が入る。
雨の音がしとしとと窓をうつ。
―いつのまにか寝てしまったのだろうか。
気付くと、時計の針は3時をさそうとしていた。
鏡をみると、変わらず人形が鏡に映しだされ、不気味な雰囲気だ。
ろうそくの火は、まだ残っていた。
―なにもかわらない、か。
ふうとため息をつき、まぶたが重くなりかけたとき。
どこからともなく、小さな風が頬を横切り、ろうそくの火を揺らし、やがて火が消えた。
はっとして、顔を上げる。
すると、鏡の表面に何かが写った。
あきらかに、それはここではない世界。
息を殺してみていると、鏡の反対側は、この部屋のせいだろうか、薄暗い。
様子をみているうちに、鏡の中から何かが飛び出してきた。
細く白い腕のようなものが、にゅっと飛び出し、そして人形をわしづかみにすると、
人形は鏡の中にひきこまれた。
呆然としながら鏡を見た。なにか見てはいけないものをみたような。
そんな感覚が、首筋にまとわりつく。
鏡を見てはいけないような気がした。
でも、目をそらすことができない。
冷や汗が額をつたう。
体が震えはじめた。
そのとき。
時計が午前4時をうった。
その音にハッとし、目線をずらした。
そしてまた鏡をみると、そこには人形がいない鏡だけが、窓を映していた。
窓の外は、いつの間にか雨が止み、雨の後の草のにおいが、かすかにした。