黒い鍵

 

風の音で目が覚めた。

目を開けると、石の壁が目に入る。

何度目のことだろう。

もう、数え切れないくらい、同じ壁をみつめてきた。

見つめるだけではなにもかわらない。

同じ壁が、ただそこにあるだけ。

 

体を起こすと、いつものようにゆっくりと肩を回す。

ここで寝ると、体が痛い。

薄い綿をつめただけの、形ばかりのベット。

床に寝ると、石を伝って海の冷たさがじかにやってきて、

寒さでこごえてしまう。

寝る場所がここしかない。

だから仕方なく、ここで横になっている。

 

朝なのか、昼なのか―夜なのか。

もう、朝を数えることを忘れてしまった。

いつからここにいるのかもわからない。

気付いたらここにいた。たったひとりで。

食べるものは、寝て起きると、いつの間にか部屋にまとめておいてある。

誰もくるはずがないのに。

 

ただぼうっとして過ごす日が、最初は苦痛だった。

だけれども、人というのは慣れてしまう。

何もしない日。ぼうっとする日。

次第に考えることをやめ、そして身体に気力が入らなくなる。

肉体が、心臓が鼓動を打つ限り、わたしの身体は生かされている。

この体がそのときを迎えるときまで。

 

ある日のことだった。

いつものように起きたとき、チャリンと聞きなれない音がきこえた。

なんだろう。

音がしたのは、ベッドのあたりだった。

ベッド周りや下を除いてみると、見慣れないものがあった。

拾ってみた。

鍵があった。

 

どこの鍵だろう。

銀なのか金なのか。色はどす黒く。まるでさびているような色だ。

ところが手にしてみても、手が汚れることはない。

というもとは、こういう色の鍵・・・ということになる。

ああ、それよりも。この鍵、いつからここにあったのだろう。

今まで気付かなかった。

ここで、幾度も冬を越えてきたのに。

 

鍵をながめていると、ふと思い出したことがある。

ここにはじめてきたとき、

この部屋の中でひとつだけ、鍵が必要な扉があったことを。

そこにさっそくいってみると、まだそこには開かない扉があった。

この扉は、石の壁にドアノブをつけているだけの扉。

よくみないと扉かどうかはわかりにくい。

鍵穴に鍵をいれると、ぐっと引っ張られるような感じで鍵が入っていった。

まるで待っていたかのように。

自然と鍵をゆっくり回すと、カチリと音がした。

そして、ドアノブをまわす。

石の扉なのに、その扉は、ギイと音を少したてると、開きはじめた。

そこにあったのは、一枚の全身鏡だった。

 

鏡は、わたしを何も余すことなく写していた。

ただそれだけ。

こんな鏡がこの壁にあるなんて。

石の壁にかかったドアにこの鍵。

この部屋は、なにかと奇妙である。

もちろん。わたしがここにいることも。

 

わたしはどこかで、期待していたのだ。

この鍵をあけたら、もしかしたらこの閉ざされた部屋から、出られるのかもしれない。

幾度も脱走を試みたけれども、無駄だった。

なぜならこの部屋は、窓もドアも穴ひとつない部屋だったから。

だけど、食事だけはどこからともなくやってくる。

だからどこかに「穴」があるはずなのに。

それを見つけることはできなかった。

 

そして今。わたしは鍵を手にし、石の扉をあけ、目の前に鏡がある。

これは一体なんなんだろうか。

鏡は何も言わずにただ、みじめなわたしを写している。

それがわたしを救ってくれるとは思えない。

 

結局は、何もかわらないのだ。

わたしは理由がわからずに、幽閉されている。

ただそれだけが今の真実。

 

頬に伝わる涙をそのままにし、鍵をかけた。

<了>